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第5回 日本は授乳しやすい国?

3年ぶりのパリで

この数週間、連休や夫の出張が続いていて、エジンバラの家にいないことが多い。先日もパリの街をぶらついていたら、日本にいる知人から私の携帯に国際電話がかかってきた。

『来週から観光ツアーでエジンバラなんです。会えるかなと思って。。。』
『えーっ、すごく残念! 来週いっぱいはフランスなんです〜』
こんなふうに、久しぶりの再会かと思いきや逢えずじまいなんてことが起こってしまう。

さて、3年ぶりに訪れたパリで驚いたのが、出産関係の記事や、雑誌の赤ちゃん特集の多さだ。地下鉄の中刷りや、キオスクの店頭でいくつか広告を眺めてから大きめの本屋に立ち寄ってみると、ぷりぷりの赤ちゃんが表紙になっている刊行物が予想外にたくさん並んでいるではないか。フランス語はほとんど読めないにもかかわらず、思わずまとめ買いをしてしまった。

高出生率の影に

パラパラめくっていると、昨年フランス国内で産声をあげた赤ちゃんは、80万7400人で、出生率は1.94とあった。アイルランドに次ぐ、EU第2位の高数値である。日本の1.25に比べても相当高い。

が、がである。お産の約9割は、硬膜外麻酔による無痛分娩なのだそうだ。『えーっ?9割はないんじゃない』、フランスが‘無痛天国’とは聞いていたけれど、実際に数字を目にするとぎょっとしてしまう。

授乳率も低いという。子持ち女性の就労率(25歳〜49歳の平均就労率)が82%と高いこともあるだろうが、授乳しない理由のひとつに、乳房は女性のシンボルなので、それが乳臭くてはかなわないという、フランス人ならでは(特に男性パートナー?)の価値観があるらしい。

一方、数年前にどこかで読んだ記事では、フランスにおける授乳率と、乳がん罹患率の高さを関係づけようとしていた。

育ち盛りの頃から頻繁に『生クリームばかり食べてると乳がんになるよ』、『牛乳のがぶ飲みはダメ。ヨーグルトは少しだけ』と母に言われ続けてきた私のなかには、乳製品の取り過ぎが乳がんを招くという感覚が当たり前のようにある。母乳生成という身体のメカニズムを使いこなせばこなすほど、体内に不必要なものをためこまない体質はつくられていくものかもしれないなぁと、この記事には、ごく自然に納得したものだ。

『男』と『女』のパリ

ただ、パリには、『男』と『女』しかこの世に究極的には存在しないという空気が漂っている。言葉では表現しきれない、その濃厚な空気に触れていると、『母親ばかりもやってられないわ』と、子どもを産んだこの国の女性たちが感じてしまうのも無理はないという気もしないでもない。

6月にして蒸し暑く、すでに真夏の日差しだったせいもあるのだろうが、パリジェンヌたち(最初は観光客かと思ったが、観光客のほとんどが歩きやすい靴にジーンズといったいでたちなので、雰囲気からしてもほぼ間違いなく地元民であると判断した)は、涼しげなトップスに、透けるような薄地のスカートを翻しながら往来をカツコツ行き来している。

夏でも肌寒いヨーロッパの果てから飛んできた私の目に、彼女たちは完全にビーチリゾートの人々に映った。

メトロなどに乗っていても、日本なら“おばさん”と呼ばれてしまうような人たちが、オーガンジーの白いブラウスにライムイエローのブラを透かして、同系色のサマーサンダルがあたかも両の脚と一体化し脚線美の映えるよう計算し尽くされた角度で足を組んでいたりする。彼女たちから、『私はオンナよぉ〜』という声が響いてくるようだ。

授乳風景やベビースリングは皆無

スリング姿が決まっている
スリング姿が決まっているのは、ママのファッションがステキだから?

子連れママのファッションにしても、きちんとそれなりにセクシーだ。

胸元が大胆にカットしたスタイルなんかは誰でもがごく普通にしているし、うちの娘と同じくらいの幼い子がいても、ミニスカートで颯爽と列車に乗り込むママンたち。面倒だから万年カジュアルで決まり! な私とは基本的に違う。

そこには、授乳服の入ってくる余地は、どうみてもなさそうに思える。授乳服やベビースリングなんかを手軽に上手く使いこなすと、‘授乳ライフ’って、誰にとってもかなりのところまで快適になると思うんだけどなぁ。

黒人女性こそベビースリングの達人だなぁと感心したものの、滞在中の10日間、キョロキョロしながらパリに点在するいくつかの公園に通ったにもかかわらず、カフェでも、ショッピングモールでも、スリングや授乳服を使っている人をみかけたことはついにただの一度もなかった。

堂々と授乳するスコットランドの女性

かたや、私の住んでいるエジンバラでは授乳は、よりおおらかに行われていると思う。

大通りに面したとあるバス停----- 時刻表を睨む母親の胸元では、赤ちゃんが美味しそうにチュパチュパしていたりする。飲み終わった赤ちゃんが口を離しても、慌てて乳首をしまう仕草もない。その場に私しかいなかったからだろうが、『えっ?アタシ見ちゃっていいの?』とこちらが目のやり場に困るほど堂々としている。

がっしりとした体を丸めてカフェテリアで授乳するスコットランドの女性からは、『もし今、誰が邪魔しようと、何が起ころうと、おっぱい出すのをやめませんから』というオーラが立ち上っている。授乳服ではないので、お腹が覗いているが、それもまったくお構いなしである。

それだけではない。『あきこ、恥かしがっててどうすんの? お乳を飲むのは、赤ちゃんの側の権利でしょう』と言われたこともある。いかにもゆったり、マイペースで授乳し続ける彼女たちの姿に圧倒されたのは1回や2回の話ではない。

確かに、イノチェンティー宣言(※)(1990年)によると、 「世界規模で母親と子どもが理想的な健康と栄養を得るために、すべての女性が赤ちゃんを生後6ヶ月まで完全に母乳だけで育てることができるように促進し、またすべての赤ちゃんが6ヶ月までは完全に母乳だけを飲むことができるようにする。その後は、子どもたちに適切で十分な食べ物を補いながら、2歳かそれ以上まで母乳育児を続けるべきである」とある。

そうなのだ。2歳の娘に授乳するのに、いちいち恥かしがっている場合じゃないゾ!

日本のよさを発見

カラフルな手縫いの刺繍
カラフルな手縫いの刺繍が赤ちゃんにぴったり!

イギリスとフランス。飛行機でたった1時間半のキョリなのに、『授乳』ひとつとっても、ずいぶんと違ってくることを今回は身にしみて実感。

産後もオシャレなパリのママたち。
誰はばかることなく授乳するエジンバラのママたち。

どちらにも、それぞれに見習うところがある。私からみれば、日本という国は実は、その両方のよさをさりげなく保てる国だと思う。

だって日本には、赤ちゃんが生まれたら出来る限り授乳したいと思っている人がたくさんいて、お産の痛みを薬で消さなくても大丈夫かもと思える女性がいっぱい存在して、しかも、ステキな授乳服や、ベビースリングなどのお助けグッズが充実している。

授乳を前向きに捉えられて、しかもそれをささやかながら楽しめるというのかな。離れてみてあらためて、いいところだなーなんて、日本は私に発見をさせてくれる。





イノチェンティ宣言・・・1990年に32カ国の政府と10の国連機関(WHO,ユニセフ)の会議で採択され、世界保健総会で1991年に承認された。

※スリングにはいろいろなタイプがあります。ママ・チョイス特撰ショップも参考に、ご自分に合ったスリングを選んでくださいね

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著者プロフィール
木村章鼓(きむら あきこ)
英国在住のドゥーラ&バースファシリテーター
エジンバラ大学大学院 医療人類学(Medical Anthropology) 修士
約65カ国を訪問し、世界のお産に興味を持つ2児の母
「ペリネイタルケア」(メディカ出版)にて「ドゥーラからの国際便」を連載中
HP http://nomadoula.wordpress.com/