3人目がやってきた!

第51回 おっぱい、バイバイの日《前編》

はじめて、朝まで眠り続けたシュン


みんな砂遊びに夢中
初夏、葛西臨海公園に行きました。9歳も6歳も2歳も、みんな砂遊びに夢中

その日は、突然やってきた。

シュンの2歳の誕生日が近づいたある日、朝、目が覚めて気づいた。

シュン、夕べ寝るときにおっぱいを飲んだあと、朝まで一度も起きなかったのだ。いつもはおっぱいを飲むのに夜中に何度か起きるシュンが、朝まで眠り続けたのはこの日が生まれて初めて。

「夜中におっぱいを飲まない」=「卒乳」という図式が私の頭の中にはできあがっている。それには理由があって、話はナツの断乳(当時はまだ「卒乳」ということばはあまり聞いたことがなかった)までさかのぼる。

小さく生まれてゆっくり育ったナツの場合

泥まみれ
ナツとアチャも、泥まみれになって遊びます

小さく生まれてゆっくり育ったナツは、おっぱいの飲みも多いほうではなかった。一方私のおっぱいはどちらかというと出過ぎるタイプ。需要と供給のバランスが合わず、私のおっぱいはすぐに調子を悪くして、詰まったり、痛くなったりした。そのたびに助産院に駆け込んで、マッサージをしてもらい、授乳や子育ての悩みを聞いてもらう日々だった。

ナツが1歳を過ぎ、歯が生えてくると、乳首を噛まれて傷つくこともあり、おっぱいをあげること自体が苦痛に思うことが増えた。そこで、断乳をしようと決めた。

突然おっぱいをやめると、子どもが混乱すると聞いたので、あらかじめ「やめる日」をナツに伝えてからやめることにした。カレンダーに丸をして、「この日におっぱいバイバイね」と、まだ小さいナツに言い聞かせた。

せつない、悲しい気持ち。これは、何?

ところが、やめる日が近づくにつれて、私のほうが落ち着かなくなった。せつない、悲しい気持ちになったのだ。ナツとのおっぱい生活がもうすぐ終わりかと思うと、さみしくてさみしくてたまらない。自分で決めたことなのに… 私がそうしたくてするのに… なんなの? この気持ちは?

こんな気持ちのまま断乳を決行しても、ナツがおっぱいを欲しがって泣いたら、きっとあげずにはいられない。それでは断乳が中途半端になってしまう。結局、「おっぱいをやめる」のはやめにした。

こんな失敗を、2度繰り返した。そして分かったこと2つ。ママに固い決心がないと断乳はできないということ。それから、やめる日を決めてからやめるというやり方は、私には向いていないということ。

そんなナツにもある朝、その日がやってきた。夜中に一度も起きず、朝まで眠り続けたのである。


我が家の日常風景
泣く パパとシュン 風呂あがりに、姉妹でダンス
カゴに入ったら、ひっくり返って、シュン、泣く
パパとシュン、まったり過ごす時間
風呂あがりに、姉妹でダンス。「早くパジャマを着なさい!」とヨーコが叫ぶのもいつものこと

「おっぱいバイバイ」の合図


ミルクで育った子は、割と早い月齢で朝まで起きなくなるというが、ナツは夜中に起きないということのない子だった。夜中の授乳は睡眠を中断されるママにとっても楽なことではない。つらく感じたこともあったけど、おっぱいで育った子はこういうものだと思って、この日まで授乳をしてきた。

そのナツが、朝まで起きなかったのである。私にとっては画期的なことだった。これは子どもからの「おっぱいバイバイ」の合図だと感じた。

一晩おっぱいを飲まないということは、だいたい12時間は飲んでいないことになる。昼間は遊びに夢中になればおっぱいを欲しがることもない。このままおっぱいを終わりにしよう。早速トシにも私の決心を告げ、協力をお願いした。


川遊び 庭のユリ 朝採りのとうもろこし
近くの川で子どもたちが川遊び。大人がロープを張って、見守ってくれるので安心
今年も庭のユリが、見事な花を咲かせました
朝採りのとうもろこしをいただきました。アチャはお手伝い、大好き

お姉ちゃんたちの卒乳体験、さてシュンは?

その夜から、おっぱいを欲しがるナツとの戦いが始まった。お風呂はトシに入れてもらい、抱っこすると服をめくっておっぱいを出そうとするので、おんぶをし、寝かしつけもトシに頼んだ。

ナツが「パイパイ」(おっぱいのこと)と言わなくなるまで1週間かかった。それでもその間、不思議と「おっぱいをやめるのをやめたい」とは一度も思わなかった。こうしてナツとの2歳2ヶ月のおっぱい生活は終わった。これがナツと私流の「卒乳」だったんだと今でも思う。

こうして、先に書いた「夜中におっぱいを飲まない」=「卒乳」という図式ができあがったのである。二人目のアチャも、同じタイミングでおっぱいにバイバイした。

さて、話をシュンにもどそう。


川遊び 枝豆ごはん
保育園の夕涼み会。ナツはヨーヨーつりに興じ、アチャはおやつの枝豆ごはんをほおばり、

突然やってきた、その日

その日はたまたまナツが学校の遠足で、私は朝からお弁当を作るのにいつも以上にばたばたしていて、おっぱいを飲まずにシュンは保育園へ行ってしまった。

シュンとのおっぱい生活は、まだもう少し続くのかなあと思っていた私。突然やってきたシュンからの「おっぱいバイバイ」の合図。えっ、このままおっぱい、終わっちゃうの? 私のほうが半信半疑である。

昼間仕事をしていても、何だか落ち着かない。夕方シュンが帰ってきて、おっぱいほしがったらどうしよう。あげようか。それともこの合図を逃さないほうがいいのだろうか。そもそも私は、シュンとのおっぱい生活をやめたいのだろうか。シュンはどう思っているか? いろいろな気持ちが交錯してくる。


園に着いたときには・・・ この通りでした・・・
シュンも甚平を着て、張り切っていたのに、園に着いたときには、この通りでした…

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著者プロフィール
著者
根本陽子(ヨーコ)。1997年、初めての子どもを妊娠し、自分の望む出産を求めて情報を集め始める。これがきっかけとなり、「お産情報をまとめる会」(下記参照) のメンバーとなる。助産師さんに介助してもらい、長女は水中で、次女は陸で、3人目は再び水中で出産。長女の出産を機に勤務していた研究所を退職。その後フリーランスで辞典の執筆、英語講師、日本語教師、中学校の国語の講師など「ことば」に関する仕事をいろいろして、現在に至る。家族は、片付け好きで子どもの保育園の送り迎えも引き受ける夫・トシ、お姉ちゃんらしくそこそこしっかり育つナツ(小学5年)、自由奔放に心のおもむくままに育つアチャ・(小学2年)、そして2005年5月に生まれたシュンとの5人家族。(写真は、アチャが赤ちゃんだった頃のヨーコ)
お産情報をまとめる会
わたしのお産サポートノート
神奈川県と東京都町田市の産院情報「わたしのお産」、第二の母子手帳「わたしのお産サポート・ノート」を編集した、お母さんグループ。「サポート・ノート」は自分のこと、おなかの赤ちゃんのこと、医師・助産師との対話などを書きつづりながら妊娠生活を送るための本。ヨーコはここで、自分自身の記録を大公開しつつ、出産に向かう(実際の書き込み欄は小さくて、だれでも簡単に記録できるものです)。