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第2回 子連れにはヒヤリッ!築200年の新居

古い家には危険がいっぱいだ。でも、エディンバラの美しい街並みがこうして昔のままに残されているのは、古いものへの審美眼が人々のなかに歴然とあるから。家が、過去につながることのできるタイムトンネルに思えてくる・・・

低い手すり、重い窓枠

私たちは、4階建ての2階に住んでいる。ひとフロアーに一世帯のつくりなので、この建物には、私たち以外に3家族しか住んでいない。

入居した日の夕方は、週末のせいか3家族とも留守だったので、翌朝、さっそく挨拶に行った。ニールスヤードの石けんセットを‘ごあいさつ’として持参したところ、こちらがびっくりするほど喜んでもらえた。

階段
手すりは低くても、クーポラを見上げると天使たちが見下ろす吹き抜け

日本人なのだから日本らしいものを、とも考えたのだが、この国では誰もが日常生活のなかでハーブの香りと親しんでいるので、ラベンダーや、カモミール、カレンデュラなどの石けんの詰め合わせは、グッドな選択だったようだ。

さて家のほうだが、築200年ともなると、子連れ一家にとっては、住んでみてあらためて気づかされることが意外とある。

たとえば、全戸共通の鍵を使って正面扉をくぐった先に大きな吹き抜けがある。そこの階段の手すりを測ってみると、床から75センチしかない。通常、階段の手すりといえば90センチくらいは必要そうに思うのだが。。。

今は娘の身長も1メートル程度なので、なんとか手すりの役割を果たしていても、遅かれ早かれ、おてんばな彼女が身を乗り出すたびに私たちはヒヤリとさせられることになりそうだ。

他に気になるのは、窓である。リビングルームには大きな開口部が3つあり、それぞれの窓は床から4メートル近くある。空気を入れ替える時は、まるでバーベルを持ち上げるように、巨大な窓枠を床から上に向かって引き上げる仕組みになっている。これが、力仕事なのだ。落下防止用の窓枠ストッパーがついているものの、相当な重さだ。誤って子どもが床と窓枠の間に手を挟まないだろうか。ここでもまた心配になってしまう。

段ボールの山と梅干しの瓶

それにしても、入居から2週間もたつというのに、いまだ電話もインターネットへの接続もなく、またあったとしても、パソコンに向かう時間と、置くスペースが見あたらない。まさにごったがえしの毎日だ。

こまごまとした手続きのために市役所や日本領事館、不動産屋、郵便局などにでかけるため、午後はほとんど家にいない。さらに困っているのは、インターフォンや給湯器が動かなかったり、窓枠が壊れているせいで、毎朝のように誰かしら訪ねてきて、トンカントンカンやっていくことも、荷ほどきを思いのほか遅らせている。

日本からの荷物でひとつ残念なことは、ダンボールを開けてみたら、CDコンポと畳マットの縁が破損していた。畳は保障対象外、CDコンポについては保険が100ポンドおりるということなので、新しいものをここで買うしかないか。

夕方、スリングのなかで眠ってしまった娘と、パン屋の紙包みを小脇に抱えて鍵を開けると、空のダンボール箱は巨大な山となって部屋を占領し、無造作に積み重ねられた本の脇には、梅ぼしの瓶がゴロリと転がっている。ああ頭痛!

と愚痴っていても仕方がない。外国なのだから、生活が落ち着くまでにはハードルがたくさんあって当たり前と思うことにしよう。

家のつくりだって、たしかに子連れ一家にとっては、心配事も多そうだけれど、落ち着いて問題を整理していけば、ひとつひとつ解決策は見つけていけると思う。例えば、リビングの開口部は基本的に開けないと決めるとか、子どもだけが階段にいる状況をつくらないようにするとか、自分のなかで決め事をおさえておけば、少しは精神的に安心していられるような気がする。

いのちを迎え、見送った家

それに、この建物が200年以上前に建てられたことを思うと、いろいろなことはすべて納得できるような気がする。古い建物には、気軽に窓一枚開けられないような物々しさがあって当然なのだ、と。

もし、誰も彼もが、やれ不便だ、危険だと建て替えていたら、この建物だって、今ごろはとっくに存在していないだろう。

窓枠
バーベル上げの選手の気分が味わえる。窓の外はこの数週間で劇的に冬から春に

美しい街並みがこうして昔のままに残されているのも、古いものへの審美眼が人々のなかに歴然とあるからなのだ。

そうあらためて思えば、古ぼけた窓枠への気持ちも微妙に変わってくる気がする。

たそがれ時、片づけの手をいっとき休めて目を瞑ると、この建物にはじめて移り住んだ主の、いかにも誇らしげにこの窓辺に歩み寄った昂揚感が伝わってくるようだ。

200年と言ったら、仮にひと家族が40年ずつ住んだとしても、最低5家族以上は住んだことになる。もちろん実際にはその何倍もの数の家族が住んできたことだろう。

昔はドクターが家までやって来て赤ちゃんを取り上げていたそうだから、この家に元気な産声の響いた日もたくさんあったに違いない。同時に、天に還る命を見送った日もあっただろう。。。とりとめもなくそんなことを想像しているだけで、家が、単に日常生活を展開する場ではなく、過去につながることのできるタイムトンネルそのものに思えてくる。

‘アンティークガラス’越しに見下ろす古都

昨晩は、怒涛のごとく流れ去ったこの数カ月間を思い起こして、久しぶりに夫婦でグラスを傾けた。古い時代のガラス、波打つ表面を持ついわゆる‘アンティークガラス’越しに味わうジンジャーワインの味には格別なものがある。

「はじめは危険に感じたり、不便なことがあっても、時間がたてばきっと住み慣れるよ」

私も、その通りだと思う。‘住めば都’とは、家の外だけでなく、家の中にも当てはまることなのだろう。

例えば、日本人にとっての一階が、この国では‘グランドフロアー’であり、2階を‘1F’と表記することに対して迷いがなくなるころには、きっと私も、この国やこの家での生活に少しは順応できているのかもしれない。

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著者プロフィール
木村章鼓(きむら あきこ)
英国在住のドゥーラ&バースファシリテーター
エジンバラ大学大学院 医療人類学(Medical Anthropology) 修士
約65カ国を訪問し、世界のお産に興味を持つ2児の母
「ペリネイタルケア」(メディカ出版)にて「ドゥーラからの国際便」を連載中
HP http://nomadoula.wordpress.com/