第39回 アシュレーさんのお産 (1) 無痛分娩とホームバース
ご主人の転勤で引越しばかりのアシュレーさんは、引越し作業の度に、お産を思い出すのだそうです。
「家具を移動させるでしょう。腰をかがめてソファーやチェストなんかを夫婦で動かしていると、なぜかワクワクしてくるのよ。
ほら、お産の時って、空間を広くするために家具を動かすじゃない。床が濡れてもいいようにレジャーシートを敷いたり、テーブルを脇にどけたりしたことを思い出して、無性に嬉しくなるのよ。すごいわね、体の記憶って。」
そういうアシュレーさんは、4人の子の母。
3度の自宅出産経験者です。開業助産師を招いてのホームバース。毎回、赤ちゃんがやってくる日を楽しみにしながら、同時に、お別れしてしまうのが寂しいような気持ちで迎える臨月。陣痛がはじまると、いよいよ空間のセッティング。
動けるうちは家事をして、いつもどおりに過ごすというアシュレーさん。「これはとても大事なことなのに、多くの妊婦さんが日常生活の流れを止めてしまいがち」と彼女は言います。
実は彼女、一人目のお産は無痛分娩で、フルコースの医療介入を受けました。
切られたお腹がしくしく痛む中、泣き叫ぶ我が子を前にして、なんとかして切り盛りしていかなければならない育児の現実。。。その時の絶望感を思い出しながら、アシュレーさんは続けます。
「あの後、本当にいろんなことを学んだんだと思うんです。無痛分娩は、短期的に見れば、陣痛を消してくれるとか、産後も回復が早いとか、赤ちゃんには影響が無い、などと一見いいことづくめで書かれている。
気ままな母乳育児がたまらなく楽しいというお母さん |
ところが、現実には、いきむタイミングがつかめず、自分の体を乗りこなしてるっていう感覚がないままに力をかけちゃったの。結果、肛門近くまでさけてしまったわ。。。」と言います。裂傷が癒えるのに数ヶ月間かかり、さらには、本人曰く、「覚醒期と呼ばれるゴールデンタイムを逃してしまった」ためか、授乳育児の波に乗れないままミルクを足すことに。
その時を振り返って、彼女は大きくため息をつきます。
「一体誰が産後の回復に無痛がいいなんて言い出したんだろう?」
近視眼的に見ればとても楽そうに見える無痛分娩。そのお手軽なイメージは社会に浸透し、日本でもアメリカのように情報をきちんと知らされぬまま、本人も深く突き詰めないままに選択するケースが増えてきています。しかし、考えてみると、無痛分娩は、立派な医療介入なんですよね。(参照 https://sites.google.com/site/mamasfriend2/epidural)。
さまざまな影響が指摘されていますが、短期的には、陣痛が弱まってしまうために、吸引分娩や鉗子分娩、そして帝王切開率を大幅に高めることが分かっています。長期的にみると、母乳育児の成功率を低め、生涯に渡る親子の絆(ボンディング)にも影響を与える可能性のあることが周知されてきています。
ここにきて、自閉症との因果関係も2013年の10月に論文として初めて明確に発表されるに至りました(医療介入のあったお産では、自閉症の発症率が24%アップすることで、詳細については英文ですが、以下をお読みくださいJAMA Pediatr. 2013 Oct;167(10):959-66))。さらに、産後うつにも影響があるのではという認識を私の所属するミッドワイフ&ドゥーラのコミュニティーメンバーはもっています。
日本のある産婦人科医が話していました。病院側が薬剤の影響はまったくない、というのはおかしい。退院するまでのごくわずかな期間をみて影響がないと言うのだけれど、実際には、退院後、何ヶ月後、何年後までの追跡調査がなされているわけではない、と。たしかに、そのとおりだと思います。(続く)
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木村章鼓(きむら あきこ)
英国在住のドゥーラ&バースファシリテーター
エジンバラ大学大学院 医療人類学(Medical Anthropology) 修士
約65カ国を訪問し、世界のお産に興味を持つ2児の母
「ペリネイタルケア」(メディカ出版)にて「ドゥーラからの国際便」を連載中
HP http://nomadoula.wordpress.com/