第36回 【お父さんの誕生日】
お互いの思いを確認して
今日は夫の誕生日で、夕食のときにささやかなお祝いをした。
メニューは魚屋さんの友達がくれたカツオの刺身と煮物と冷や奴。それに市販のマドレーヌにサツマイモのマッシュをデコレーションして、ろうそくを3本立てた。これを4つに切れば、夕食後に食べるケーキとしてちょうどいいサイズなのだ。
小さなケーキを配ったところで、エリが照れながらプレゼントを持ってきた。
実は昨日、保育園から帰って来るなり「ママ、白い紙二枚とペンちょうだい」と言うので渡すと、部屋にこもってなにやら静かに作っている。夕食ができるころに、白い紙を折って作った箱を底とふたにして組み合わせ、それにリボンをかけて「ちょう結びにして」て持ってきたので、結んでやった。
その中身はなんだったんだろう? 私も興味津々でリボンをひもとく夫の手元を見つめる。
出てきたのは、折り紙のセミと広告の紙で作った封筒入りの手紙だった。
先人の知恵
「パパお誕生日おめでとう。いつもおいしそなごはんつくてくれてありがとう。こないだパパがあいすくりーむかてくれてうれしかったです」(原文のまま)
私はあんまりうらやましくて、夫に素手のマイクを向け、「子どもを産んでよかったと思いますか」と聞いてみた。
夫はそれにはこたえず、両手のひらをお椀(わん)のような形にして、「こんなに小さかったのになあ」としみじみつぶやいている。立ち会い出産だったから、へその緒がついたままのエリを抱いたんだよね。
誕生日とか何々記念日って言うのは、お互いの思いを確認するために考え出した先人の知恵なんだろうな。ちなみにまだ二歳のシュウヘイからのプレゼントは、ほっぺにチューだった。
第37回 【わたしのお産サポート・ノート作製中】
趣味と実益と仕事を兼ねて
「おっぱいを吸うための吸啜運動・・・これ、『きゅうてつうんどう』って、ふりがながつかないと読めないね」
「あっ、付けるの忘れてたっ」
という具合に、来月出版する本の校正をしているところだ。気をつけて書いているつもりでも、見れば見るほど間違いが出てくるので気が抜けない。
一緒に作業をしているのは、お産情報をまとめる会の仲間。私を入れてメンバーは四人で、全員就学前の子供のお母さんである。
家が近所だったのが縁で、本作りの仲間になった泰子さん。今二人目を妊娠中だ。それから、産院情報誌「わたしのお産」の読者から、作る側に飛び込んだ陽子さんと庸子さん。二人とも次の妊娠を考えている。いわば趣味と実益と仕事を兼ねて、妊婦さん向けの本「わたしのお産 サポート・ノート」を作っているのだ。
世界で初めての本かも!
私たちはこの本を、日本で初めて、いや、もしかしたら世界で初めての本かも!と自負している。
というのは、ただ読むための本ではないから。妊婦さんがいつも携帯して、日記を書き込み、健診のときの医師とのやりとりを記入し、エコーの写真などを貼り付け・・・、と使っていくうちに出産のころには、その人だけのオリジナル妊婦本ができあがる、というわけ。
もちろん書き込み欄だけでなく、読み物、イラストもふんだんに入れた。出産準備品リストや医療費の記入欄も作った。困ったときの相談先やお母さんのグループリストも付けた。
私たちの経験をもとに、至れり尽くせりの本をめざしたのである。そのうえ、「お願いカード」のおまけ付き!このカードについては、次回紹介しよう。
第38回【お産の希望を伝える魔法のカード】
お産のときに不満だったこと
「生まれたらすぐに赤ちゃんを抱きたかったのに、そのまま沐浴(もくよく)に連れて行かれてしまった」
「陣痛促進剤の点滴をするとき、ちゃんと説明して欲しかった」
「何も言わないでいきなり剃毛されたのは、ショックだった」
というような、お産のときの不満を綴(つづ)ったお手紙やEメールをよくいただく。
陣痛やお産の最中に、医師や助産婦さんに、自分の気持ちや希望を伝えるのは非常に難しいことだ。出産の前後は、劇的に体が変化するとき。不安や喜びや痛みで、それどころではない。だから、妊娠中から、医師や助産婦さんとよく話し合っておくことが大切だ。
医療スタッフと妊婦さんの相互理解を
前回ここで紹介した本「わたしのお産サポートノート」では、健診のたびに、医師と話し合ったことを記録する欄を設けた。それに加えて、切り取って使える「お願いカード」を綴(と)じ込んでいる。
「親愛なる産科の先生と助産婦さんへ」というタイトルのこのカードは、お産や母乳についての希望を書き込んで、医師や助産婦さんに手渡すためのもの。切り出しにくいことを、上手に伝えられるように助ける、魔法の(?)カードだ。
私にも経験があるが、こちらから希望を言うのは、案外勇気がいるものだ。わがままだと思われるかな、しろうとのくせに生意気なと嫌われるかも、などと考えて弱気になってしまう。
私は、妊娠中に自分の希望を箇条書きにして助産婦さんに渡したが、記入しやすく、そして医師も妊婦もほのぼのするようなかわいいカードがあればなあ、と思っていた。それを形にしたのである。
このカードが、全国の病院でやりとりされて、そこから会話が生まれ、医療スタッフと妊婦さんとの相互理解が深まればいいなと願っている。
第39回【公共の場所で子どもを静かにさせる】
子連れは荷物が多くなる
電車の中で子どもを飽きさせないアイデアをインターネットで募集した、という話を以前書いた。そのときに寄せられたメールを読み返したら、改めてみんなの苦労がひしひしと伝わってくる。
中には「0歳からのしつけの問題です。うちの子は、そういう場所では騒ぎません」とか、「子供の機嫌取りをする考え方自体が間違っている」などという辛口の意見もあって、思わず「すみません」とパソコンに向かって頭を下げてしまった。
だが、それにもめげず今度は「銀行や病院、飲食店などで子どもを静かにさせるアイデア」を募集した。
まず、持ち物編。パズル、お絵かきボード、ミニカー、迷路の本、パペット(手を入れて動かせるぬいぐるみ)、小さな風船、動く人形など。それから、ワンタッチで巻き取りができるメジャー、電卓。これはグッドアイデア!
食べ物では、飴(あめ)、ラムネ、おにぎり、パンなど。乾燥芋(いも)が散らからなくて重宝するという意見もあった。子連れで出かけると、ついつい荷物が多くなってしまうのは、どちらも同じらしい。
要はかまってやること
次に道具を使わない編。
「いとまきまき」「とんとんとんとんひげじいさん」などの手遊び歌、「あっちむいてほい」やしりとり、なぞなぞ、いないいないばーなど。要は、かまってやることかな。
なるほどと感心したのは、たとえばこんなアイデア。「新しい絵本を買ったら隠しておいて、こういうときに持っていく」「ママが選んだ絵本と、子どもに選ばせた絵本を持っていく」「必ず本人のバッグを持たせる」
「焦っているとささいなことで怒ってしまうので、時間に余裕をもって」
「事前に、どんな場所で用事はどのくらい、静かにしないと迷惑がかかるなど説明をしておく」
これ、どんなに小さな子にも必要なことですよね。
第40回【みんなが一緒に楽しく】
勝負に燃えた
全国的に運動会シーズンだが、わが家のシーズンは特別長い。というのも、塀(へい)一つ隔てた隣が小学校なので、夏休みが終わった途端に行進曲が鳴り響き始めるのだ。
指導はマイクを使うが、中には口うるさい先生もいて、かなりの騒音である。自宅兼事務所のわが家としては、毎年けっこう苦労している。が、うちの子も保育園のご近所に騒音をまいていることだし、しかたないんだろうな。
先週の土曜日、子供たちの保育園の運動会が開かれた。保育園時代は、早い子も遅い子も和気あいあいでいいなと思っていたが、今年年長のエリは去年と打って変わって勝負に燃えていて、ちょっとびっくり。
ドジな母親(つまり私です)と組んだ親子競技の騎馬戦で、早々に負けてしまったのを、しつこく悔しがっていた。小学校へ行ったら、どうなるんだろう。運動会が苦手な子や障害のある子もみんな一緒に運動会を楽しめるといいのだけど。
運動会もいろいろ
次の日は隣の小学校の運動会だった。マンモス校なので、トラックの周りに子供たちが座るともういっぱい。応援の人たちはアウトドア用のテーブルセットなどを持ち込んで、塀に添って陣取るのだ。
午前中から、缶ジュースなどをテーブルの上に広げてくつろいでいるグループもある。無理もない。あまりに子供の人数が多いので、出番が少なく、見に来た人は退屈するのだろう。
幸いうちの子供たちの保育園は小規模で、運動会は親子ともに出ずっぱり。子供たちは疲れを見せないが、私は体の重い月曜日を迎えた。
月曜日は、小学校は運動会の振替休日のはずなのに、なぜか校庭から鼓笛隊の演奏と先生の叱咤(しった)激励が聞こえてくる。見ると、次の週に小学校を借り切って運動会をする幼稚園の予行演習らしい。「教育的」な幼稚園なんだろうな。まだまだわが家の運動会シーズンは続く。
第41回【リラックスして出産を】
親戚のおばさんのうちを訪ねる気分
三年前にシュウヘイを産んだ助産院、バース青葉を訪ねた。目的は妊婦さん向けのメールマガジンの取材だが、どちらかというと、親戚のおばさんのうちに遊びに行くような気分だ。
考えてみると、お産からこっち、十回以上は訪ねている。おっぱいのケアや相談事などを引き受けてくれる、子育て方相談所みたいなところだから。
「こんにちは」と開けたのは、普通の一軒家の玄関だ。廊下を進むと左側に台所があり、その奥にリビングルーム、ここが妊婦さんの問診や悩みごと相談の場。
すぐ隣の部屋には、ベッドや超音波診断機などが並んでいて、妊婦健診や赤ちゃんの沐浴(もくよく)などがされる。健診のときに、ここで温灸や体のマッサージもしてもらった。
普通の家で産む効用
これらの二部屋を挟んで、両側に入院室が二室あるーという、こじんまりした産院だ。えっ!?じゃーあどこで産むの?と心配されるかもしれないが、そのとき空いている部屋の布団の上で、自由な格好でお産をするのだ。
途中でお風呂に入ったり、洋式便所に座ったりするのも自由自在で、これらはお産の進行の助けになる。陣痛が長くて途中でおなかがすいても大丈夫。すぐそこに台所があるのだから。
普通の家のような場所でお産をするのは、理にかなっていると思う。最大の効用はリラックス。安産のコツともいえる。ただ、医療の助けを借りることも大事だ。妊娠中は病院での健診も受け、お産に異常ができたときは、提携している病院にすぐに転院する。
この日、生まれて4日目の赤ちゃんとママが入院していた。この人は、なんと、私が発行している産院情報誌「わたしのお産」を書店で買い、産院選びの参考にしたという。初めて会った気がしなくて、しばらくおしゃべりに花が咲いた。その間、赤ちゃんはずっと私の腕の中。幸せだったなぁ。
第42回【悩めるお母さんを楽にする】
助産院にショートステイ
前回、助産院・バース青葉を訪問したときのことを書いたが、そのときに、ショートステイに来ているお母さんと赤ちゃんがいた。
ショートステイとは、産後授乳やその他育児全般について指導を受けたり、お母さんの体を休めたりするために、助産院に滞在することだ。この親子は6時間ほどでここで過ごすのだという。
よその病院を退院後すぐ、この助産院に何日か入院し、指導を受けていく人もいる。病・産院によっては、授乳や沐(もく)浴などの細やかな指導をしてもらえないことがあるのだ。特に産後母子別室で過ごして、授乳やおむつ替えに慣れていないと、うちに帰って戸惑ってしまうことが多い。
ミルクの缶に書いてある通りでなくていい
さて、ショートステイ中のお母さんの赤ちゃんは、まだ生後1ヶ月半。ふにゃふにゃでかわいいけれど、お母さんは大変な時期だ。疲れ切ってここに来て、ご飯を食べ、ぐっすり眠り、おっぱいだけでなく体全体のマッサージを受け、授乳や生活の知恵を授けてもらって、帰るころにはすっかり笑顔になっていた。助産婦の仲かよさんは
「狭い部屋で赤ちゃんと二人っきりで向かい合っていたら、だれでも育児がつらくなります。ここに来て、私たちや他のお母さんと話をするだけで、気が楽になるんですよ。ちょっとした育児のコツを身につけていってくれると、なおいいですね」と言う。
たとえば、母乳とミルクを両方飲んでいる赤ちゃんで、飲んだ満足感が足りないみたいだ、と感じたら、仲さんはこんな指導をする。おっぱいの回数を増やすように。ほかに、乳首の含ませ方、ミルクの足し方、ほ乳瓶の乳首の選び方など。
「ミルクの缶に書いてあるとおりしなくてもいいのよ」とのことだ。悩めるお母さんを楽にするサポート。行政のリードでだれでも気軽に利用できるようになるといいな。
第43回【作る人と食べる人が近い店】
讃岐の製麺所にて
家族そろって麺(めん)好きの私たち。うどん・蕎麦(そば)屋になるのが夢だった。ただの夢に終わると思っていたら、夫がまさかのサラリーマン放棄!本当にお店を出すことになってしまった。
私たちが好きな麺のタイプは讃岐うどんだ。「めざせ!讃岐うどん」というわけで、秋の讃岐路へと出かけることになった。新幹線と瀬戸大橋を走るマリンライナーを乗り継いで、香川県高松市に入り、今度は私鉄に乗って郊外に向かう。
目指すは「赤坂」という製麺所。土壁の家の中で、おじちゃんがうどん玉を踏んでいた。その横でおばちゃんが製麺機で玉をのばし、麺を切り、大きな釜(かま)でゆでる。十年一日の風景なんだろうな。
メニューは4種類だけ
メニューはうどん大と小、かけ汁は温かいだし汁と冷たい醤油(しょうゆ)、つまり2×2の4種類だけ。ネギが無造作にコップにさしてあり、おばちゃんが「そのはさみで自分で切ってな」と言う。ネギをはさみで?珍しすぎる...。
テーブルはなく、椅子(いす)は長椅子が外に一つあるだけ。お客さんは、好きなところで立ち食いうどんである。それなのに、この居心地のよさは何だろう?そして肝心のうどんがおいしいのなんのって。子ども達はズルズルとすすり込んでいた。
おばちゃんは私たちと話しながら、手でゆで上がった麺を大きなボールの中で水洗いし、玉にして次々と箱に並べていく。シュウヘイがその手つきに見ほれていたら、うどんを一本口に入れてくれた。子連れで外食して、こんなリラックスしたのは初めてだ。
もっとも、作る人と食べる人があまりにも近いので、「外食」という言葉がピンと来ないのだが。この居心地と味の横浜バージョンをどう創(つく)るか?それが私たちの課題だ。
第44回【世代をつなぐ心の架け橋】
現役お母さんが企画した本
先だってここに書いた、妊婦さんのためのノートのような本「わたしのお産サポート・ノート」(ママ・チョイス刊/神奈川図書取次)。それがやっとできあがった。今、県内、外の書店に並びはじめていている。
と言っても、大出版社の本のように、全ての書店の目立つところに、というわけにはいかない。実用書コーナーの物陰にひっそりしていたり、あるいは一冊も置かれていなかったりするのだが。もし見つからなくても是非店員さんに聞いてみてください!
この本は、妊婦さんと産科医・助産婦さんとのコミュニケーションや、妊婦さんがお母さんになるための心の準備をサポートすることを目的とした本だ。充実した読み物とイラスト、書き込みの出来るスペースが特徴である。私たち現役のお母さん四人が自分たちの経験をもとにアイデアを出し合って企画した。
おじいちゃん、おばあちゃんの優しさと愛情
ところで、この本の発行以来、毎日のようにお問い合わせの電話を頂いているが、その電話の主の7割くらいが、意外や意外、年配(といっても、たぶん五十代くらい)の方である。つまりプレおばあちゃん、おじいちゃんなのだ。
「嫁が初めての妊婦なんです。なにかしてやりたいんだけれど、自分のお産の事を忘れてしまって・・・。それに、今は昔とは違うでしょ?よけいなことを言っても嫌われてもいけないし、それで、この本をプレゼントしたいんです」
世代の違いという溝に優しさと遠慮がたっぷり流れているのだと、改めて感じている。この本が、医療者と妊婦さんばかりではなく、おばあちゃん、おじいちゃん世代と若いママ、パパ世代との、心の架け橋になればいいなあと、願ってやまない。
第45回【昔の知恵を今に生かす】
若いお母さんのつぶやき
世代間の遠慮について、前回触れた。これは、一歩間違うと嫁姑のいさかいになったり、「今時の若いモンは・・・」という偏見に発展してしまったりするのであなどれない。
私も世話人の一人である、かながわ母乳の会では、この世代間の意識のギャップと相互理解をテーマに、イベントを準備している。題して「今の子育て、昔の子育て〜四世代そろって育児を考える」。
そもそもこの企画は、メンバーの若いお母さんたちのつぶやきから生まれた。 「子どもが風邪をひいて病院に行ったときのこと。母の言うとおり厚着させていったら、小児科の先生にそんなに着せたら逆効果だとしかられました」
おもちを食べると母乳がよくでる?
同じような話は尽きない。たとえば、産後読書や炊事、おふろもだめ、というのは本当? おもちを食べると母乳がよく出るからと言われ、たくさん食べたら、おっぱいがぱんぱんに張ってしまった、など。
かながわ母乳の会のいいところは、医師や助産婦さんなどさまざまな立場の人が参加していることだ。その本領発揮で、世話人会の席は専門家の立場からのコメントも飛び交って、この話題で盛り上がった。
例えば、助産婦さんからは、こんな意見が出た。 「昔は暖房は弱いし、電気は暗い。瞬間湯沸かし器もなかったでしょ。衛生面や栄養の面でも、かなり違う。だから、産後はこういうふうにすごしなさいというアドバイスも、おのずと変わってきていいのよね」
なるほど、でも、産後に体に無理をかけてはいけないというのは、いつの時代も大切なことのはず。昔 の知恵を今の時代に生かして、賢く子育てできれば最高である。
第46回【お産の希望を伝えよう】
お産選びの相談
11月3日は1103(いいおさん)のごろ合わせで、「いいお産の日」である。これは、6年前に市民グループの発案ではじまり、広がったもの。毎年秋に全国各地でさまざまなイベントが開かれる。
先日、東京・大井町で開かれた「いいお産の日」では、全国の産院情報誌を展示するコーナーが設けられ、私はそのスタッフとして、妊婦さんの「お産選び」の相談相手をつとめた。といっても、医学的な相談には乗れないし、お産や産院を選ぶのは本人だから、頭の整理のお手伝い、という役目だ。
その日一番にやってきた若いカップルは、「なるべく自然なお産をしたい」と望んでいると言う。産院情報誌をめくりながら、具体的な希望について聞いた。ところが、話すうちに「わからないことだらけ」だということに、当人たちは気づいたらしい。
会陰切開とは? 母子同室とは?
たとえば、「会陰切開」とは?これは、膣口と肛門との間にはさみを入れて、赤ちゃんの出口を広げることだ。赤ちゃんが出てくるまでに時間がかかり過ぎる時などにその方法をとる。ただ、どの程度の時間を「かかり過ぎ」と考えか、それは医師によって違うようだ。
ほかに、赤ちゃんが生まれた後の過ごし方として、「母子同室」と「母子別室」があるが、そのメリット、デメリットは?などなど・・・話はどんどん広がった。
妊婦、患者の方から、そういったことを医師に確認するのは、必要なことである。その手助けをする「わたしのお産サポート・ノート」を私たちは出版した。
しかし、できれば妊娠初心者マークのカップルたちに、医療スタッフの方から「いろいろな考え方がある中で、うちの方針はこう。その理由は・・・。あなたの希望は?」と説明と問いかけをしてもらえればなあ。ぜいたくな願いだろうか。
第47回【子育ては駅伝ランナーの気分で】
戦中戦後を、女性小児科医として、母として
前々回のこの欄でお誘いした講演会「今の子育て昔の子育て」で、小児科医の中島聴子(としこ)さんの話しを聞いた。戦中から医学を学び、8年間のブランクの後インターンに復帰、戦後は開業医としてたくさんの子供たちを診てこられた方だ。80歳を越えるご高齢だが、パソコンで原稿を書き、Eメールを使いこなすというスーパーおばあちゃんである。なんともかっこいい。
中尾さんは戦中、戦後にかけて4人のお子さんを産み、育てた。今のように、低体重で生まれた赤ちゃんを入れる保育器がない。柳行季(ごうり)に毛布を敷き、井戸水でお湯を沸かし、湯たんぽを入れた。だが、湯たんぽのお湯を入れ替える、その短い時間に赤ちゃんの顔色がさっと青ざめてしまうのだという。
水道もガスも、便利な物が何もない時代の子育て。中尾さんの話しを聞きながら想像が膨らみさまざまなシーンが私の頭の中で映像を結んだ。命を産み育てると言うこと、それそのもののシンプルな形をみる思いがした。
世代を超えて脈々と流れるもの
と、しみじみ感じ入った後、ふと思う。待てよ。私にも母が入る、祖母が入る。私は、彼女らから、またその先祖から、何を受け継いでいるのだろう。考えてみたが、「これ」というものが見つからない。いやいや、自分でも気づかぬうちに、何か世代を超えて脈々と流れる物があるのかもしれないが。
子育ては、駅伝の走者のように繋(つな)がっていくもの。たすきを受け取り、次の世代に渡す。その間は、自分なりの走り方をすればいい。中尾さんは、そう話しを結んだ。
私も、そんなさわやかなランナーの一人になりたいと思う。それにしても、何が大切なたすきで、何がランニングフォームの個性にすぎないのか、その辺りが難しい。
第48回【肌で交流する、おばあちゃん、おじいちゃん】
お手玉なら自信あり
「今は核家族の方が多いでしょう?いろいろな年齢の人がいるのだと、小さいころから肌で感じてほしいんです」
子ども達にそのチャンスを作ってやろうと考えたのは、うちの子ども達が通う保育園の園長。それにこたえたのが、地区福祉協議会のメンバーである。月に一度、地域の高齢者のための昼食会を開いてきたが、そこに保育園の子ども達を招待しようということになったのだ。
この交流の会は、きょうで4度目になる。お互いに顔なじみができて、話もはずむようになった。
「この前のとき、子供たちが折り紙で作った勲章をプレゼントしてくれたんです。私たちは折り紙なんて忘れてしまって、逆に教わったんですよ」
「でも、お手玉は私たちの方がうまいわよ、とやって見せたり、投げっこしたりと、一緒に楽しみました」と口々に話して下さる。
「うちのパパはお手玉4個できるよ」と子供たちも黙っちゃいない。「あなたはいくつできるの?」と話は続く。
大勢で食べる食事は美味しいね
「普段小さい子に縁がないでしょ。だから楽しみなのよ」とも。
聞けば、お孫さんはすでに高校生や社会人、という方ばかり。話の合間に、子育て、孫育ての苦労話もちらほら交わされてた。
さて、今日のメニューは、サンドイッチとシチュー。「どうぞ、どうぞ」と言われるままに、私もご相伴に預かることに。大勢で食べる食事は美味しいね。と、どの人の顔にも書いてある。
先日、地域のお祭りに行ったとき、娘がこの交流会で顔なじみになったあばあちゃんに声をかけてもらった。地域の保育園に通い、大勢の人に育ててもらうことのありがたさを、あらためて感じるときである。
第49回【説明ができない世界に身を置くということ】
サンタにお願い
もうすぐクリスマス。近頃は、商店だけでなく、庭木や窓にイルミネーションを施す家庭が増えてきて、夕方からは町中クリスマスという様相だ。
この季節になると、きまって子どもたちの口から聞こえてくる言葉がある。
そろそろかなあ、と思っていたら、エリが「サンタさんにゲームボーイをお願いするんだよ」と言う。「ほーら、来た来た」と思いつつも、「まずいな」、である。ゲーム機は、我が家に来て欲しくないおもちゃの筆頭格だから。
困った。
「あのねー、サンタさんは、そのおうちのお父さんやお母さんが喜ばない物は、きっとくれないよ。ちゃんと、そういうこと考えて、プレゼントを選んでいるから」
「ふーん」
説明ができないこともある
私は、まだ子どもがいない頃、クリスマスについてちょっと覚めた見方をしていた。日本中(世界中?)の子どもたちがサンタを待っているなんて、ちょっと気持ち悪いじゃない?と。自分も子どもの頃、サンタのプレゼントに心を躍らせていたくせに。
今は、180度、見方が変わった。
子ども同士、あるいは子どもとの会話には、説明のできることとできないことの境目がないのだ。
特に「今からおままごとよ」とは言わないのに、いつのまにか犬になっていたり、お店やさんを開いていたりする。子どもは、どうも現実とはちょっとずれた世界に生きているらしい。
子どもに誘われて、私もそんな世界に身を置けるということを、今はありがたいと思う。
ただ、現実のクリスマスプレゼントは、おもちゃ業界の売り込み合戦に支配されていて、子どもたちもすっかり取り込まれている。ちょっと始末が悪い。
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西井紀代子(キヨ)。当ホームページ・ままメルを運営するママ・チョイス代表。1994年生まれのエリと1997年生まれのシュウヘイの母です。子どもたちが5歳と2歳のときにエッセイの連載を始めました。子どもたちに言わせると「ぜんぜんかまってくれない」面倒見の悪い母。まったくその通り、の私です。