3人目がやってきた!

第10回 命の授業(妊娠31週)

ママがお世話になりました

唐揚げ
最近ナツは「何かお手伝いすることない?」とよく聞く。今夜は鳥の唐揚げに挑戦

3月の末、1年間勤めた中学校の終業式があった。授業は前日で終わりだったが、この日はお別れのあいさつをすることになっていて、出かけた。

式の最中、体育館で生徒たちの歌う校歌を聞いていたら、おなかの赤ちゃんがぐるぐるっと動いた。ああ、赤ちゃんもおなかの中できっと聞いているんだな。
お別れのあいさつのつもりかな。それとも「ママがお世話になりました。ありがとう」と言いたかったのかな。

終業式の最後に離任のあいさつをした。舞台の上で短いあいさつを済ませ、壇を下りようとすると、ちょっと待ってという指示が…。生徒会の代表の生徒が壇上に上がってきた。私が一年間教えたクラスの生徒だ。手紙を広げて読み始めた。

いろいろな国に行ったことがある先生

カナダ出張
カナダ出張のトシを見送りに羽田空港へ。パパ、気をつけていってらっしゃい

「昨年4月、先生は私たち生徒を見た第一印象を『元気がいい』とおっしゃってくださいましたね。でも元気がよすぎて先生には度々ご迷惑をおかけしました。旅行が好きで、いろいろな国に行ったことがある先生。できればそのお話をたくさん聞きたかったです。お子さんが小さいうちは無理かも知れませんが、いろいろな国へ行った体験談を、また私たちのところへ来て話してください。元気な子を産んでください」

1年前のことが急にフィードバックしてきた。今日と同じように、どきどきしながらこの舞台に立って着任のあいさつをしたこと、最初のころは生徒の心がつかめなくて悩んだこと。授業の合間に私の経験した外国のことをいろいろ話したいと思っていたのに、毎日の授業で精一杯で、1年前にそんな気持ちでいたことをすっかり忘れていた。

涙がぽろぽろとこぼれた。

私にとって仕事とは?

仕事をするのはお金のためだけでない。働くことは生きること、働くことが好きだという基本はトシも私も同じ。ナツやアチャにも普段からこう話している。

「パパやママがお仕事して、お金をもらって、そのお金でご飯を食べたり、おうちに住めたりするんだよ。でもそれだけじゃなくて、パパもママもお仕事が好きなんだよ」

トシは私の仕事を、自分の仕事と同じくらいに大切に考えてくれている。そのトシでさえ、今回の妊娠後、私が体調を崩すたびに「学校、辞められないの?」と言った。

私の体を気遣ってくれているのは分かるが、どうしても年度末まで勤めたかった。だから今日は、私にとって卒業式のような日かもしれない。その気持ちがあふれて涙になったのかな。

妊娠している今の気持ちを素直に

終業式のあとは学年ごとに集まって学年集会が開かれる。そこで、生徒たちに何か話してほしいと言われていた。題して「命の授業」。何を話そうか、前日の夜にでも考えようと思っていたら、アチャが熱を出して、ほとんど何の準備もないまま朝を迎えてしまった。
妊娠している今の気持ち、これからの気持ち、そんなことを率直に話そう。

どこへ行くのかな
飛行機、どこへ行くのかな。アチャも行きたいなあ

最初に、おなかの中に赤ちゃんがいることが分かったときのことから話し始めた。

うれしかったけど、すぐにつわりが始まって体がつらかったこと。腰を痛めてしまって教室まで行くのが大変だったこと。妊娠を知ったみなさんが荷物をもってくれたり「先生大丈夫?」って声をかけてくれたことがうれしかったこと。

みなさんもこうやって10ヶ月、お母さんのおなかの中で大事に大事に育まれて、この世に生まれてきたこと。生徒たちは静かに私の話を聞いてくれた。

目が見えない妊婦さんの話

最後に一冊の絵本を読んだ。『いのちは見えるよ』(作・及川和男、絵・長野ヒデ子、岩崎書店)という絵本だ。

ナツもアチャも大好きで、我が家で「寝る前に読む絵本」ベスト3に入る。

ポケモンジェット
ナツ「ナッちゃんもポケモンジェット乗りたいな」 行き先はどこでもいいらしい

夏休みのある日、エリちゃんは急に産気づいたおとなりにすむルミさんと救急車で病院へ行く。ルミさんは目が見えない。陣痛に苦しむルミさんに付き添いながらエリちゃんは思う。どうして赤ちゃんをうむときってこんなに苦しいんだろう。もっとらくに赤ちゃんを産めたらいいのに。ママもこんなふうに私を産んでくれたんだ。エリちゃんは胸が熱くなる。

無事生まれた赤ちゃんの名前はのぞみちゃん。ルミさんとのぞみちゃんが退院してきてから、エリちゃんは毎日のぞみちゃんに会いに行く。ルミさんの子育ては文字通り手探り。おむつに鼻をつけ、うんちを指でさわり、赤ちゃんの健康状態を把握する。

いのちは見えるよ

のぞみちゃんが「ほわ」と微笑んだのを見たエリちゃんは「ルミさん、見えるといいね」と言ってしまって後悔する。ルミさんは「いのちは見えるよ」とエリちゃんに話す。いのちってなんだろう。いのちって見えるの? そんな疑問をもったエリちゃんが、のぞみちゃんを通してその答えを見つける。こんなお話だ。

小学生でも十分理解できる内容だけれど、中学生にも何か伝えることができるような気がして、家でナツやアチャに読み聞かせるような気持ちで読んだ。

ヨーコ「絵本の中ののぞみちゃんも、私のおなかの中の赤ちゃんも、みなさん一人一人も、同じように大切な命です。どうぞその命を大事にしてください」

私の最後の授業がこうして終わった。

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著者プロフィール
著者
根本陽子(ヨーコ)。1997年、初めての子どもを妊娠し、自分の望む出産を求めて情報を集め始める。これがきっかけとなり、「お産情報をまとめる会」(下記参照) のメンバーとなる。助産師さんに介助してもらい、長女は水中で、次女は陸で、3人目は再び水中で出産。長女の出産を機に勤務していた研究所を退職。その後フリーランスで辞典の執筆、英語講師、日本語教師、中学校の国語の講師など「ことば」に関する仕事をいろいろして、現在に至る。家族は、片付け好きで子どもの保育園の送り迎えも引き受ける夫・トシ、お姉ちゃんらしくそこそこしっかり育つナツ(小学5年)、自由奔放に心のおもむくままに育つアチャ・(小学2年)、そして2005年5月に生まれたシュンとの5人家族。(写真は、アチャが赤ちゃんだった頃のヨーコ)
お産情報をまとめる会
わたしのお産サポートノート
神奈川県と東京都町田市の産院情報「わたしのお産」、第二の母子手帳「わたしのお産サポート・ノート」を編集した、お母さんグループ。「サポート・ノート」は自分のこと、おなかの赤ちゃんのこと、医師・助産師との対話などを書きつづりながら妊娠生活を送るための本。ヨーコはここで、自分自身の記録を大公開しつつ、出産に向かう(実際の書き込み欄は小さくて、だれでも簡単に記録できるものです)。