第45回 ビンタン島<その2>時計を忘れるひととき
いざ、出航!
翌日、昼にホテルをチェックアウトした私たちは、ビンタン島に向かうため、フェリーターミナルに向かった。
実は、これまでにも何度か旅の行き先として候補に挙がっていたビンタン島。旅行が実現しなかったのには理由がある。それは船酔いが心配だったから。時期や天候によっては、かなり船が揺れるらしい。トシも私も乗り物に弱いのだ。それからアチャも。
ナツとアチャには、乗船の1時間ほど前に、日本から用意してきた酔い止めの薬を飲ませておいた。不安を与えないようにさりげなく。もちろん私たち大人も服用。乗り物酔いは精神的な不安も関係するらしいから、おまじないのようなところもあるのかもしれないが、とにかく「これで大丈夫」と思うことにする。
雨のせいなのか、大揺れの船
フェリーが出航してほどなく、雨が降り出した。雨のせいなのか、フェリーはかなり揺れた。私はシュンにおっぱいを飲ませながら、早く時間が過ぎてくれるようにただ祈った。シュンとナツとトシは就寝。こういうときは寝てしまうのが一番。
心配したとおり、アチャは船の激しい揺れに酔ってしまった。私は眠っているシュンを抱っこしているので、オバーチャンがアチャの面倒を見てくれた。オバーチャンがいてくれて助かった。そのうちアチャも眠りに落ちた。もうすぐ着くからね、それまでお休みなさい、アチャ。
フェリーは小1時間でビンタン島に到着。眠りから覚めたアチャは、体調も落ち着いたようだ。よかった。日本を出発してほぼ丸1日かけて、やっとたどり着いたのだ。これから3日間、存分に楽しむぞ!
フェリーターミナルを出ると、ホテルの迎えのバスが待っていた。フェリーが到着したときは降っていなかった雨が、バスが出発したとたん、また降り出した。窓ガラスには特大の雨粒がひっきりなしに落ちてくる。ビンタン島も雨か・・・ まるで雨と追いかけっこをしているような気分。
日本とは違う、ゆったりプール
ホテルのエントランスでは、太鼓と踊りが私たちを歓迎してくれた。太鼓の音は、長旅の疲れも雨の鬱陶しさもどこかに吹き飛ばしてくれた。音楽好きのシュンは、初めて見るインドネシアの太鼓とカラフルな衣装のダンサーたちに目が釘づけ。ベビーカーに乗ったまま、太鼓のリズムに合わせて体を揺する。家族みんなが、これからここで過ごす3日間を想像して、うきうきした気分になってきたようだ。
チェックインを済ませ、部屋に荷物を置くと、早速プールへ。そう、ナツもアチャも、プールが旅一番の楽しみ。幸い雨は止んでいるようだ。
プールはとても広々としている。周りは緑に囲まれていて、すぐ向こうには海が見える。プールは水位の浅いところもあるので、シュンも遊べそうだ。プールサイドにはデッキチェアやイスがあちこちに置いてあって、自由に使える。
日本では、夏にプールに行っても、どこもたいてい人が多くて、こんなふうにゆったりと過ごせるところはなかなか見つからない。こういうのが、旅のぜいたくなのかもしれない。子どもたちは、水の冷たさなど気にもせず、バシャンと水の中へ飛び込み、日の暮れるまで楽しんだ。
稲妻が光り、雷鳴が響く
この日、夜から、ものすごい雷雨になった。真っ暗な窓の外にときどき稲妻が走る。わずかに遅れて雷鳴が響く。それも地面から響くように。その揺れはまるで地震のようだ。停電にでもなったらどうしよう。カーテンのすき間から漏れる稲妻の光とかみなりの音に、毛布に包まっておびえながら、ビンタン島の最初の夜を過ごすことになった。
この夜の天気はきっと特別ひどかったに違いない。翌朝、ホテルのスタッフは後片付けが大変なのではと思いきや、ホテル内は昨日と変わった様子はない。あれ? いつも通りということ? これが本当の「雨季」なのか・・・
時計を見ないで過ごすひとときは、貴重
朝食のあと、雨が小降りになったので、ビーチに出てみることにした。
ホテルとビーチの間には、林があって、その間を縫うように遊歩道がある。ナツとアチャは、タッタッと走っていく。それをトシが追いかける。私はシュンの乗ったベビーカーを押しながら、オバーチャンはその後ろからぶらぶらと歩く。
なんでもないただの散歩なんだけど、とってもいい感じの時間。「来てよかったな〜」と思う。
普段の生活の中では、こういう時間がたぶん少ないのだ。私たちはいつも時計を見ながら生活している。通勤の電車の時刻を気にしながら、駅の階段を駆け上ったり、お迎えの時間を気にしながら、保育園に急いだり、そんな毎日を暮らす私たちにとって、時間を気にせず、朝の散歩をすることがこれほど心休まることなのかと自分でも驚く。
もしかして遊べるかもと思って用意してきた砂場セットを出してやると、子どもたちは喜んで砂遊びを始めた。雨が降っていたが、そんなのはお構いなし。ナツもアチャも、そしてシュンも、それはそれは楽しそうにインドネシアの白い砂と戯れた。
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